感情の劣化が激しい多様化した社会で個人がコミットすべき本拠地作り

これからは必ずAI時代になるので、巷ではAIに仕事を奪われる不安に苛まれたり、人知を超えたAIが人類を滅亡させるなど、何かと話題に事欠かない訳ですが、進化したテクノロジーが人類を滅亡させる話と言えば、幼少期に何度も観たターミネーターを思い浮かべます。

この点について、社会学者である宮台真司さんが著書の中で面白い話をされており、現代のヒトは急激な都市化やマスコミの急拡大、インターネットの普及で感情の劣化(真理への到達よりも、感情の発露の方が優先される感情の態勢)が激しいと指摘。

一方で膨大な計算能力と言語を獲得したコンピュータは、AIの力で感情を獲得、むしろ劣化したヒトより感情的に豊かになることが予測され、自分達(コンピュータ)より遥かに感情の劣ったヒトに対して、一体どんな感情を抱くのか…無論肯定的な感情を抱くことはないと。

ターミネーターでは非人間的なコンピュータが人間を滅ぼす話ですが、むしろ人間よりもずっと人間的なコンピューターが人間的なものを守るため、人間を滅ぼす可能性が高いとはホント笑えない。

凄まじい計算能力を持ち、人間よりも人間的になったコンピュータに出来ない且、ヒトにしか出来ない仕事なんてあるのかなと思いつつ、本書の中で気になったのが「仕事よりプライベート優先」の新人社員が増えた点に対する考察です。

プライベートでのコミットメント

年功序列+終身雇用が崩壊した今、会社へ忠誠心を持っても報われないので、コミットが薄れるのは合理的で当然ですが、では多くの人はプライベートで何にコミットしているのか、大体3つ(①個人のスキルアップ/②趣味に没頭/③自分の本拠地を作る)に分類されると説明。

TaNA
書店に行けば自己啓発系の本が目立つので、世間ではスキルアップ系が多いでしょうか。知人に仕事終わりと週末に何やっているか聞くと、独身者は趣味→スキルアップの順に多く、妻帯者や子持ちはやっぱり家族にコミットする方が多い印象。

本書では三番目の本拠地作り(家族や地域)が本来あるべき姿としていますが、今の若い人はこれを作る力が著しく弱いらしく、まあ理由は色々あるでしょうけど、LINEに代表される相手の懐に深く立ち入らない表層的な会話、深さのない言語的戯れとかは要因の一つ。

TaNA
確かにLINEでのやりとりであれば、相手が人間でなくても出来るので、AIで代替可能、むしろコンピュータが人間より人間的になれば、人間相手よりコンピュータ相手の方が気持ちよくコミュニケーション取れるかもしれません(;^_^

相手の心に映ったものを見ず、自分の見たいものだけを見て、見たくないものを見ない…これまさにインターネットですが、この劣化空間でしか社会との繋がりが無い人は、主観的な社会イメージが劣化して営みも荒みがち、ますますリアルでのコミュニケーションは減少。

帰るべき本拠地づくり

とは言え、これだけ多様化した現代に相手の懐へ入り、深くコミットすることはリスキーであり、過剰さを回避しないと、人間関係を安定的に維持できないので、社会に適応するのをやめ、適応するフリだけしておくのが無難(勿論仕事は仕事で大切だし、プライベートでのスキルアップも必要だが)

社会がクソだから、クソ社会に適応し過ぎると、頭の中もクソになるので、社会の適応はほどほどに、しかしLINEのような表層的な戯れで充実したプライベート空間は作れないので、ホームベース作り(家族・親族・血族・地域)に専念、顔が見える範囲で感情のクオリティを高めるのが大切。

TaNA
無理に結婚する必要は無いけど、育休を取らない男性ほど40代以上でモチベーションが続かないとのEU統計もあり、金銭的にも余裕ができる40代、何かしらのコミュニティに属していない人が何をモチベーションにするのかは確かに未知数。

また本書では東日本大震災で表面化した日本社会の問題点(今後10〜20年先、社会が支えられなくなった人々を、行政も支えられなくなり、どうにもならない人が増加)にも触れ、社会の空洞化に対する処方箋として、昔のような共同体の機能を、別のリソースで等価的に補うしかないとも言及。

プライベート空間で本拠地作りを重視せず、リアル孤独死の人間が多くなった時、人間より人間的になったAIは何を思うんでしょうか、哀れんで助けようとするのか、それとも滅ぼすのか。